一目でわかる、近代金融・経済史上の大事件【事件当時のチャート付き】

トレーダーとしてだけでなく、社会人としても知っておきたい歴史的金融・経済史上の大事件を、古くは1987年10月の「ブラックマンデー」から、直近では2019年2月の「仮想通貨取引所CEOの急死による破産」までの12事件を、当時のチャート付きで、日本視点の解説を加え、分かりやすくまとめてみました。

1ブラックマンデー 1987年10月19日

1987年10月19日の月曜日に、香港市場を発端に起こった世界的株価大暴落。
ニューヨーク市場の終値は22.6%の下落。
日経平均株価は3,836円48銭安の14.90%安。
世界恐慌のきっかけになった1929年10月24日(木)の「ブラックサーズデー」を上回る、過去最大の暴落を起こした。

日本市場は翌日半値戻したところでまた下落、2万円を底に回復した。
ここが底となり、株価はバブル経済崩壊まで上昇を続けていく。

ブラックマンデーの原因はいろいろあると考えられるが、ルーブル合意による協調政策の失敗が原因で急落が始まり、その急落に投資家の株価プログラムの損切機能が一斉に働いてしまったことにより、売りが加速したことが原因の一つ。

さらに当時、米国の金融市場にサーキットブレーカーといわれる取引中断制度がなかったため、暴落が加速してしまった点などの複合的な問題が重なったと考えられる。
日本はこの暴落の対策として、低金利政策を行ったため、日本の資金が土地や株式に流れた。
これによって土地価格の高騰がおきたため、日本経済はここからバブル景気へと向かって行った。

MEMO
オリバー・ストーン監督による映画「ウォール街」は、投資に興味を持った者の多くが、この作品に影響を受けたといっても過言ではなく、偶然にも、ブラックマンデーと同年公開されたことでも有名です。
当時の証券取引所の様子などを知る為の良い資料映像でもあるので、未見の方は一度ご鑑賞頂くのも勉強になるかと思います。


画像引用サイト試行錯誤

2リーマン・ショック 2008年9月15日

米国ニューヨークに本社を構えていた、大手投資銀行グループのリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)の倒産によって起こった金融危機。

信用度の低い低所得者層向けの高金利のサブプライムローンがのびていたが、不動産価格の上昇によって成り立っているような際どい状態だった。

2006年に、住宅価格の伸びが止まったことで返済不能者が続出し、サブプライムローンが不良債権化した。

サブプライムローンのみの不良債権は、せいぜい1000億ドル程度と想定されていたが、実際はこの債権を担保にした証券を作り、そういった証券をひとまとめにした債務担保証券を売りさばいていたため、損失はサブプライムローンの想定外の金額となってしまう。

MEMO
これによって破綻した最大の企業がリーマン・ブラザースであり、一連の金融危機の象徴的な出来事であることから、日本では「リーマン・ショック」と呼ばれているが、英語では「the financial crisis of 2007~2008(2007年から2008年の金融恐慌)」「the global financial crisis(国際金融危機)」「the 2008 financial crisis(2008年金融危機)」 などと呼ぶのが一般的。

リーマン・ブラザーズ倒産日を境に、一気にドルが下落した印象があるが、実は、相場としては始め106円から104円まで下落した後、一度は107円程度まで持ち直したものの90円台まで下落し、再び101円程度まで持ち直した後、同年12月更に87円台まで下落という波を作っている。

日本経済の不況は、日本にサブプライムローンが直撃したのではなく、世界的な経済の冷え込みからくる消費の落ち込みから、結果的に日本経済の景気後退につながったと目される。

ドル/円 始値105.94円 最安値104.48円

3東日本大震災 2011年3月11日

国家存亡の危機が起きると、貨幣価値が下がって為替が暴落する印象があるが、円に関しては高騰する傾向がある。
阪神淡路大震災でも、為替相場は外貨売り、円買いが進んで、急激な円高傾向に進んだ。

東日本大震災では、災害当日は為替相場の乱高下が起き、結果2円ほどの円高で終了。
その後数日間に渡り、更にじわじわと円高方向へと進んていった。

これは、企業や投資家、金融機関等々が、株や債券を売り払って日本円へ換金しているためと考えられる。

事件が起きたのは17日早朝。
突然、20分ほどの間に3円以上の円高が進み、円は瞬間的に戦後最高値の、1ドル76円25銭に到達するも、2日ほどの短期間でV字回復してしまう。
この大きな変動で、多くのFX投資家が多額の損失を被った。

この早朝の円急騰は、ミセス・ワタナベを狙った投機筋の仕掛けという噂がある。

MEMO
ミセス・ワタナベとは、日本における素人個人投資家の通称。
相場師の予想外の動きをする、日本の素人個人投資家は、海外では揶揄されている。

今回の急騰は、少額資金でありながらポジションを持ってオーバーナイトをするミセスワタナベを狙い、「相場を急騰させることで強制ロスカットを狙った投機筋の仕掛けがあったのでは?」と、いわれている。

ドル/円 始値81.169円 最安値77.160円

4マウントゴックス ビットコイン盗難事件 2014年2月

当時、世界最大の仮想通貨取引所のマウントゴックスが、システムの脆弱性をつかれて大量のビットコイン盗難にあい、破産に追い込まれた。

2010年に誕生した仮想通貨ビットコイン。
盗難されたビットコインは、顧客保有分が約75万ビットコイン、自社保有分の約10万ビットコイン。
当時のレート換算で約500億といわれている。
これによって、債務超過に陥ったマウントゴックスは破産した。

この事件がきっかけで、ビットコインとマウントゴックスが有名になったが、実はマウントゴックスは2011年にも盗難にあっており、この時は盗難されたビットコインが一気に換金されたため、ビットコインのレートが約15ドルから1セント程度まで暴落した。

MEMO
システムの脆弱性という問題が話題になったマウントゴックス事件だが、この後、マウントゴックス社長のマルク・カルプレス氏が横領容疑で逮捕され、システムの脆弱性ではなく、人的問題ではないか?という疑いも出てきたが、2017年にビットコイン盗難犯人が逮捕されたという噂もあり、真相は現在でもはっきりとは分かっていない。

仮想通貨は、このように不安要素の強い事件が起きるたびに一般に認知されるところとなり、予想外に取引量の拡大につながってゆくことになる。

5スイスフランショック 2015年1月15日

2011年9月に起きた暴落からスイス政府は、対ユーロで1.2000フランを下回らないように市場介入を続けていた。
しかし、それは投資家から見れば「介入を狙った投資家のレンジ相場」にしかならなかったため、事態を悪化させてしまい、スイスフランが1.2000に近づくと介入を期待した投資家の買い注文が殺到するという状況を招いていた。
状況に耐え切れなくなった2015年1月。
スイス政府は介入撤廃を発表。
それまでの鉄板相場を支えていた政府介入がなくなったことで、一気に相場が変動し、わずか数分で1ユーロ=0.8517フランまで下落。
スイスフラン/円は、20分で3947pips上昇した。

この極端な値動きによって、非常に大きな値飛びを起こし、投資家の設定したロスカットを大幅に超える形で決済が行われた。
資産がゼロになるどころか、マイナスになったトレーダーが続出した。

この、帰ってこない大相場の最たる原因は、直前まで「介入の撤廃はしない」と明言していたにもかかわらず、急な撤廃措置を取ったことによる。
世界の安全通貨の代表格であったスイスフランとスイス政府の信用が、大きく揺らいだ事件である。

MEMO
この損害により、ゼロカットだった(損失は証拠金ゼロ以上を請求しない)証券会社アルパリUKは、予想外の負債を抱えることになり破産。

特にフランの取引はしていなくとも、アルパリUKに口座を持つ日本人トレーダーの口座も凍結されたが、数カ月後には無事資金が戻ってきたとの情報がある。(資金量により全額ではなかった可能性もあり)

急激なフラン高になったスイス自体は、輸出産業が大きなダメージを受けてしまい、製造業の不況が長い間続くことになる。
対ユーロが、スイスショック前の1.2000フランまで相場が戻るのに、2018年4月まで、約3年の年月を要することになった。

スイスフラン/円 始値114.00円 最高値157.82円

6ギリシャ債務危機 2015年6月29日

2009年にギリシャの政権交代の際、財政赤字がそれまでいわれていた5%程度ではなく、12.7%もあったことが発覚。
3%程度を上限としていたEUとしては、5%でも問題であったのに、12.7%という値はデフォルトになる危険性があり、欧州全体の危機をもたらすものであった。

MEMO
またこれは、ギリシャのユーロ圏離脱というシナリオも仮定されるようになり、この時に、
「国名(Greek)」+「離脱(exit)」=「グレグジット(Grexit)」
という造語が作られ、英国のEU離脱においても、「ブレグジット(Brexit)」という言葉が生まれた。

2015年6月25日、ギリシャ政府は、ユーロ圏財務相会合において提示された歳出削減策を拒否。
6月29日、国際債権団の要求の受け入れについての国民投票案を提示。
翌営業日のユーロ/ドルは、非常に大きなギャップをつけてスタートし、「このままユーロの暴落がはじまるのでは?」と懸念されたが、予想に反して、ユーロはその日のうちに値を戻した。

ユーロ/ドル 始値1.103 最高1.127 最安1.095

7チャイナショック 2015~16年

1回目のチャイナショックは2015年6月。
株式相場の急騰による相場過熱を懸念した当局が規制を強めた結果、リーマンショック後の最高値からわずか3週間あまりで3割以上の下落をした。

2回目のチャイナショックは2015年8月。
中国人民銀行が人民元のと対ドル為替レートの大幅操作を行ったことで、世界のマーケットの大混乱を招いた上、上海市場株が急落。世界の株式市場に連鎖した。

3回目のチャイナショックは2016年1月。
上海株式市場が暴落したことをきっかけに、サーキットブレーカーと呼ばれる「相場が急変動した場合に一定時間取引を停止する制度」を、2016年1月4日に導入した。

本来、相場が混乱した際に取引を停止し、市場の混乱を鎮静化させるのが狙いのサーキットブレーカーだったが、上海市場の設定値が低すぎたため、かえって取引停止前にパニック売りが発生してしまい、導入した初日にサーキットブレーカーが発動する異例の事態となった。
さらに、4日に続いて7日にも発動したため、サーキットブレーカー制度の一時見合わせを発表した。

ドル/中華人民元 月足

円/中華人民元 月足

8ブレグジット(Brexit) 2016年6月24日

イギリス(Britain)と離脱(exit)を掛け合わせた造語。
英国のEU離脱による、経済や政治に大きな影響が予測され広まった。

国民投票の結果がほぼ決定して、プレグジットが現実になったのが2016年6月24日の11時30分ごろ。
投票日前、わずかながら残留が優勢と言われていたため、この開票結果を受けてポンドが急落。
ポンド円は1時間で約2700pips、ユーロ円は1時間で約500pips、ドル円は118円台に下落、1時間で約350pips下落した。

ポンド/円 始値151.95 最高値135.136

ドル/円 始値120.27 最安値118.68

9トランプショック 2016年11月9日

米大統領選の開票速報に伴う大荒れ相場のこと。
まれに見る大接戦のため、ヒラリー・クリントンが優勢の当初、105円前半で推移していたものの、トランプの優位が伝わると、約2時間ほどで101円台まで円高が進み、トランプ政権発足には米国民のみならず、世界が懸念を示しているかに思われていた。
がしかし、その日のうちに相場はむしろ、円安ドル高方向に進み、その後も同方向に進み続け、翌月12月には118円に到達してしまった。

4円落ちて7円上昇するという予想外の動きに、同年6月のブレグジット相場の傷も癒えていない世界の一般トレーダーに、再び煮え湯を飲ませることとなった。

ドル/円 始値105.12 最安値101.15

10コインチェック事件 2018年1月26日

仮想通貨取引所コインチェック株式会社が取り扱っている仮想通貨のうち「NEM(ネム)」がクラッキングされ、ネム顧客資産のほぼ全てが別口座に流出してしまった事件。

原因は、複数の社員向けに発信されたメールから複数のPCがマルウェアに感染。
感染したPCを使って社内ネットワークに侵入され、ネムを社外の口座に不正送金されてしまった。

XEM財団の追跡プログラムが開発され、流出したネムの追跡は行われたが、換金は進み、ネムの取引自体の影響もあるため、3月20日にはネムの追跡は打ち切られた。

最終的には、コインチェック側から円で返金されたものの、盗難中のネムの取引は停止される。

仮想通貨の盗難は、コインチェックとマウントゴックスの事件が有名だが、仮想通貨の盗難事件は、一般の話題に上がらないだけで、かなり頻繁に起きているのが実情である。

MEMO
ビットコイン、イーサリアム、リップル、ネオ、モナコイン、モネロ、アイオタ等、世界には2000種類以上の仮想通貨があり、現在も増え続けている。

11フラッシュクラッシュ(Flash crash) 2019年1月3日

相場が瞬間的に、暴落、急落する現象。
指標発表のような激しい動きをするのではなく、動きのほぼない相場から、いきなり床が抜けたように落ちていくのが特徴。

近年になってこのような落ち方をするようになったのは、AIによるコンピュータのアルゴリズムによる自動売買が行われているため、何かのきっかけでAIが相場を動かしていると思われるが、2019年1月3日のフラッシュクラッシュでは、テクニカルトレーダーならば、重要な節目下抜けを確認できており、それなりの下落は予測出来ていたものの、ほんの15分で約360pips急落。予測を大幅に上回った。

特に年始早々ということもあり、年末からポジションを持ちこしているスイングトレーダーや、塩漬け一般トレーダー達の強制ロスカットも、下落に拍車をかけたと思われる。

アクティブな参加者が少ない時期なので、スプレッドが(証券会社によるが)100pips以上と極端に開くことになり、たとえ方向正しくショートエントリーしたとしても、そのスプレッドの広さによって、即、逆指値に引っかかってしまうという、悲惨極まりないことになった。

MEMO
これを機に世間では、月や年をまたぐスイングトレードの危険性を喚起する声が上がるが、年に数回はこのような大相場があり、歴史は繰り返されているのにも関わらず、なぜ新たなる注意喚起が起きるのかといえば、相場に5年以上残ることが出来るトレーダーは、全体のわずか1%しかいないからなのだ。

ドル/円 始値108.87 最安値104.96

12仮想通貨取引所CEOの急死による破産 2019年2月5日

カナダの仮想通貨取引所クアドリガCXの創設者ジェラルド・コットン氏が、暗号キーを社内で共有せずに死亡し、同社が破綻した事件。
ジェラルド・コットン氏はクローン病を患っており、2018年12月、訪問先のインドで30歳の若さで急死。
問題は、150~200億の資産を、ジェラルド・コットン氏たった1人が、コールドウォレットで管理していたことによる。

そのため、顧客資産が引き出せなくなってしまい、クアドリガCXは1月下旬からオフライン状態になり、債権者保護を申請している。

しかし、膨大な資産のパスワードを創業者1人にしか管理させていない上、紙などへのアナログ記録も残されていないという点、債務記録がまともに作成されていない点などが、あまりにも不自然であり、インド現地の警察や、大きな病院での死亡情報が確認できなかったという報道もあり、死亡そのものが偽装ではないかという疑いが出てきた。

実際に、パスワードが不明で分からないといわれる仮想通過口座から、顧客資金が他の通貨取引所を通して、コットン氏の個人資産に移された形跡があることが判明。

死亡12日前に、個人資産がすべて妻のものになるような遺言状が作成されていたり、氏が顧客資産を使用して豪遊をしていることが報告された。

中央銀行がない点が、仮想通貨のメリットではあるが、非常に高額の資産を運用しているにもかかわらず、セキュリティや会社そのものの体制が問題のあるところもあり、銀行が扱う通貨とは信頼度が違いすぎるという問題が、更に浮き彫りにされた事件である。

以上12の近代金融・経済史上の大事件の概要でした。
ブラックマンデーの時代には、仮想通貨の台頭などは想像もついていなかったことでしょう。
しかし、これからもますます世界は発展をし続け、我々の予測のつかない未来が待ち受けています。
そんな時代の大きな潮流に、いかに上手く乗ってゆけるか?が、私たち一般トレーダーの課題です。(文責/445&しゃけ)

1 COMMENT

アバター まゆ

なんとなくは聞いていたけれど改めて読むと見切りパトロールしないと大袈裟ではなく、人生破滅するなと思いました。先生、しゃけさん、いつもありがとうございます(^ω^)仮想通貨はどこへいったのでしょうか。あれ以来ニュースでも、聞かなくなったような。

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